おもいでエマノン 作画:鶴田 謙二 原作:梶尾 真治

 叙情SFと言われて最初に僕が思い浮かべるのはこの作品である。原作は10代の頃何度も読み返し、僕の思い出の一部となっている。
 生命が生まれてから全ての記憶を持つ不思議な少女エマノン。そんな彼女と出会った数多の人々。必然の出会いもあれば偶然の出会いもある。その物語の全てが魅力的で、夢中になって読んだ記憶がある。
 そして、デュアル文庫版の挿絵を担当した鶴田謙二による漫画化がうやむやにならずに奇跡的に一冊分連載されこの度単行本になるとはファンとしては号泣物である。
 
 内容は原作の一話に当たる部分。旅客フェリーで傷心旅行をしているSF好きの青年とエマノンとの偶然の出会いの物語。
 舞台は1967年。出だしの主人公によるノスタルジー溢れる語りは原作同様味わい深い。この語りの部分で使われるコマ割、構図はみごとな物で、まるでその時代その場所に居合わせているようでもあり、同時に自らの過去のおもいでを振り返っているような不思議な心地にしてくれる。
 そして、また、素晴らしいのがエマノンのキャラクーデザイン。日本人のようでもあり外国人のようでもある。幼く見えもするけど、大人びても見える。17才の身体に30億年の歴史が詰め込まれているアンバランスさが見事に表現されている。
 出だしとそして、エマノンの登場で早くも僕はこの作品に引き込まれてしまった。

 そもそもこの話は漫画化に向いているとは言い難い。動きはほとんどなく会話がメイン。登場人物も二人だけ。その分変化を何処かに付けなくてはならず、コマ割りでの巧みな演出と台詞の間が非情に重要になってくる。
 引きと寄せをバランスよく配置し、構図や視点は一枚絵としても成立するくらい凝っている。エマノンが過去を語るシーンでは抽象的であると同時に意図が分かりやすいイメージ的な絵のコマを配置。さらに、度々船の中や外、海の水面などの風景を絶妙なタイミングで挿入している。
 これはもう見事としか言いようがない。漫画家鶴田謙二の実力がこれほどとは思わなかった。

 そして、やはり、彼の描く女性の表情にはぐっとくるものがある。ため込んでいた物を吐き出し、アルコールに酔い、心を許すようになってからのエマノンの表情はめまぐるしく変わり、まさに「フーテン娘」と言ったところ。

 この一冊には鶴田謙二の魅力が全てつまっていると言っても過言ではないかもしれない。これはかなりお奨めである。

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